ユハラ エツコ   YUHARA, Etsuko
  湯原 悦子
社会福祉学部 社会福祉学科
    社会福祉学部 社会福祉学科
教授
発表年月日 2022/09/10
発表テーマ 新聞記事から確認できる介護殺人事件の実態と傾向-1996年から2020年の間に生じた事件の分析-
発表学会名 第18回日本高齢者虐待防止学会 足立大会
学会区分 全国学会
発表形式 口頭(一般)
単独共同区分 単独
概要 研究目的:日本全国各地の新聞に掲載された介護殺人事件を調べ、事件の実態、傾向や特徴について明らかにする。
研究方法:日経テレコンを用い、日本全国で発行される新聞38紙について、介護と殺人、傷害致死、心中、保護責任者遺棄をキーワード指定し、1996年から2020年の間で、湯原(2017:5)の「介護に関わる困難を背景に、介護をしていた親族が被介護者(60歳以上)を殺害、あるいは心中した」に該当する事件を抽出した。
倫理的配慮:公表されている情報の分析であり、事件の特定につながる情報は分析から省いた。
結果:1996年から2020年までの25年間に生じた介護殺人の件数は981件で、993人が死亡していた。被害者は男性287人(28.9%)、女性706人(71.1%)、加害者は男性703人(70.7%)、女性290人であった(29.2%)。加害・被害の関係では、「配偶者間の殺害」が469件(47.8%)、「子が親を殺害」が437件(44.5%)であった。最も多いのは夫が妻を殺害する事件で332件(33.4%)であった。被害者の年齢について、80歳以上85歳未満(206人、20.7%)が最も多く、75歳以上(後期高齢者)の被害者は630人、63.4%を占めた。加害者は70代(239人、24.1%)が最も多く、加害者60歳以上の事件は610人、61.4%であった。地域別の発生件数では、大阪86件(8.8%)愛知78件(8.0%)、神奈川72件(7.3%)の順に多かった。
記事から確認できた傾向として、心中、あるいは心中未遂の事例は394件(40.2%)であった。家族形態は親ひとり子ひとり、または老夫婦など2人暮らし世帯が401件(40.9%)であった。加害者自身に障害がある、あるいは介護疲れや病気など体調不良の事例は308件(31.4%)であった。被害者については、寝たきりが222件(22.6%)、認知症あり、あるいは疑いが232件(30.9%)であった。社会資源の活用について、通院が確認できたのは126件(12.8%)、何らかの介護保険サービスを利用していたのは169件(17.2%)、金銭的困窮が確認されたのは90件(9.1%)であった。
考察:介護殺人の実態把握において、参考になる公式統計としては、「(高齢者)虐待等による死亡例」調査と自殺統計、犯罪統計がある。これらからは介護殺人の現状の一端を知ることはできるが、事件発生のプロセスを知ることはできず、得られる情報には限りがある。一方、新聞に掲載された介護殺人事件については、加害者自身が抱えていた問題や被害者の症状、医療や社会福祉サービスの利用状況等を確認することができる。今後、予防策を考える際に注目すべき内容として、老老介護の事例(特に妻加害者)が増加していること、加害者自身も体調不良等、支援を必要としている事例が3割確認されたこと、医療や介護サービスを利用していた事例が一定数あることが挙げられる。なお、2020年春から流行し始めたコロナが事件発生にどう影響しているのかについては、今のところ顕著な傾向は確認できていない。ただし、2020年に息子(50代)が特別養護老人ホーム入所中の母親(90代)に面会できなくなったことを苦に母を退所させ、翌日に心中する事件が生じている。今後、事件発生のプロセス分析を行い影響の実態を把握していくことが求められる。
結論:ここ数年の傾向として配偶者間の心中事件、特に妻が加害者となるケースが増えてきた。介護殺人の加害者は、自身も支援が必要な状態にあることが少なくない。医療や福祉の支援者が事前にリスクを察知し、必要な介入を行えるようにすることが課題である。
引用文献:湯原悦子『介護殺人の予防-介護者支援の視点から』クレス出版、2017.